陰陽の章 鶴と蛇と太極拳


  1 太極拳の創始者は誰か



 「太極拳の創始者は一体誰なのか?」という疑問は、とても興味深いテーマです。その問いに対してさまざまに異なる説があります。

1 武当山の道士「張三峯(ちょうさんぽう)」説
2 八世紀の「許宣平(きょせんぺい)」説
3 十四世紀「陳卜(ちんぼく)」説
4 十七世紀の「陳王廷(ちんおうてい)」説 etc

 どの説が正しいのかなどということは、史的研究者でもない私が、軽々しく口をさしはさむことではありませんが、ちょっと、私の興味本位な解釈をお聞きください。諸説の中で、まず私が一番興味を引かれるのは「張三峯」説です。
 ある時(宋の時代であるとも、元の時代であるとも、明の時代であるともいわれています)、武当山で修行をし、陰陽太極の理を究めた張三峯が、カササギと蛇(または孔雀と蛇、あるいは鶴と蛇)が争っているのを目撃し、インスピレーションを得、太極拳をあみ出したというものです。
 この説は、現在出版されている太極拳に関する本の中では、神話的色彩の強い作り話であり、真面目に考える価値はないと否定される場合が多いようです。しかし私はこの説に対して、異常に強い愛着をもっています。
 私は、太極拳の創始者が張三峯である、ということに興味をもっているわけではありません。
 別に、史的事実でなくてもいいではないかとさえ思います。これは誰かが、太極拳の本質を後生に伝えるために考えだしたフィクションであるととらえてもいいのではないか、と・・・
 もしもこの説がフィクションであれば、それはまったく意味のないものでしょうか。
 私はそうは思いません。私は「張三峯」が太極拳を創始した人でなくても、この説を作り出した人に興味があります。紛れもなくその人は、タオの道士であり、太極拳の達人であったはずです。