誰にも聞けない太極拳の疑問


第八章 鶴と蛇とは?




1 太極拳の創始者は誰か
 
 

     

 
 
 太極拳を学んでいる人なら「太極拳を創始した人は一体誰なんだろう?」と、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

 太極拳の創始者として、何人かの達人の名が良く紹介されます(註参照)が、流派によって太極拳伝承者の系図は微妙に違います。

 その「最初の人物」については諸説あり、はっきりしたことはわからないというのが実情です。

 「張三峯が太極拳を創始した」という意見もその中のひとつです。多くのドラマや、映画、小説の中で張三峯は登場し、けっこう有名です。ジェット・リーが主演した映画を見た方も多いでしょう。

 ある時(宋の時代であるとも、元の時代であるとも、明の時代であるともいわれています)、武当山で修行をし、陰陽太極の理を究めた張三峯道士が、庭先で鶴と蛇(または孔雀と蛇、あるいはカササギと蛇)が争っているのを目撃しました。

 鶴は羽を広げて旋回しながら円形の動きをとり、蛇はその尻尾を、首の動きに合わせて攻防しました。
その時の鶴の羽ばたく姿と蛇のからみつくように動く形から、柔が剛を制し、静が動を制する原理を悟り、その後、太極拳を編み出したという話です。

 ただこの説は、現在出版されている太極拳に関する本の中では、神話的色彩の強い「作り話」であり、真面目に考える価値はないと否定される場合が多いようですが、私はこの伝説に対して、少なからず愛着をもっています。

 といっても私は、太極拳の創始者が張三峯である、ということに興味をもっているわけではありません。

 別に、史的事実でなくてもいいではないかとさえ思います。はっきり言って、武術は世界各地にさまざまな形のものがあり、創始者としてひとりの名前を挙げるのは無理があるとも言えるのです。

 武術の世界も芸術の世界でも、一人の天才によって創始されることはなく、必ず、師より弟子に教えが受け継がれていくものです。

 「太極拳」という名前で呼ばれる前から、太極拳で用いられる「技法」は存在していたでしょう。

 「張三峯が太極拳を創始したという伝説は、おそらく誰かが、太極拳の「技法」の本質を後世に伝えるために考えだしたフィクションである、ととらえてもいいのではないか、と私は考えます。

 もしもこの説がフィクションであれば、それはまったく意味のないものでしょうか。私はそうは思いません。

 私は「張三峯」が太極拳を創始した人でなくても、このような逸話を作り出した人に興味があります。紛れもなくその人は、タオの道士であり、太極拳の達人であったはずです。


1 武当山の道士「張三峯(ちょうさんぽう)」説
2 八世紀の「許宣平(きょせんぺい)」説
3 十四世紀「陳卜(ちんぼく)」説
4 十七世紀の「陳王廷(ちんおうてい)」説 

 

 [BACK][TOP] [HOME] [NEXT]