鶴と蛇と太極拳
起の章

 
 11 胎児の形に似ている

 

「中腰姿勢」こそは人体にとって自然な状態なのです。「中腰姿勢」をとるとき、体全体のバランスが、本来の状態になり、体内の「気」の循環が促されるのだということです。

この「太極とう」の形は、何かに似ていると思いませんか、そう、胎児の形です。

母胎の羊水の中にさかさまに浮かんでいる胎児は、呼吸をすることも、食事をとることも必要ありません。それは、必要なものが全て、へその緒を通して胎児に与えられているからです。

この「たんとう功」という実践法を日々練習することにより、外界の「気」がより強く体内にチャージされるようになるのです(※1)。

胎児のように食べなくても良くなるかというと、そんなことはありませんが、『「気」という食物』が外界から取り入れられるので、食べる量を減らすことができるようになります。また、代謝率が減少し、呼吸の酸素の摂取量が減少します。

 昔の太極拳入門者は、すぐに動作を学ぶことはできませんでした。三年間は、ただこの実践法だけを修行させられたといいます。
 
 それは決して、志願者の熱意を試すためとか、しごきとかではなく、本質的な練習としてだったのです。もちろん、現在、そんな教室は存在しません。もしあったとしても、すぐに生徒が一人もいなくなってしまうでしょう(※2)。

 現在では、武術の修行者で、このたんとう功を練習する人は、ごく少数派になっています。


※1  過食症や慢性疲労症候群の根本治療は「気」を摂取することなのです。「気」を十分に摂取できないので、疲れやすくなったり、異常に食物を求めるようになるのです。

 ※2 そのような昔流の練習法に似たことを、私は一度体験したことがあります。1990年頃に、私は、ある中国の有名な老師の「八卦掌教室」が開かれることを友人から聞き、参加したことがあります。
 都内のある小学校の体育館が練習場所で、最初の日に生徒が二十名ほど集まりました。T老師が一日目、その生徒たちに教えたことは、「サア、私ノアトニツイテキテクダサイ」と、体育館の中を滑るような八卦掌独特の歩法で回り始めました。集まった生徒は、戸惑いながらも老師に続いて回り始めました。
 二〜三回回れば終わると軽く考えて回っていましたが、老師はいつまでも回り続けています。15分ほど、私たちはずっと、マラソンで走るような速度で回らされました。
 「ハイ、ヤメテ、休ミマショウ」という老師の号令に、全員が床に座り込もうとしました。「ダメダメ、立ッテ休ンデクダサイ」と、老師に言われて、仕方なく全員立って五分間の休憩がありました。老師が言うには座って休むと、「モウ動キタクナクナッテシマウカラ」とのことでした。
 五分間の休憩の後、また練習再開、二時間の間、これ以外の練習はありませんでした。
 その一週間後に体育館に集まった生徒は、私とあと2名の生徒だけでした。そして、その日も、同じく、ただ、体育館内を猛烈な勢いで回り続けさせられました。私は、意地になって老師の後ろにぴったりくっついて、最後まで走り続けました。
 練習が終わって、その日の出席者と老師は、酒場で乾杯(カンペイ)しました。
 老師は、ずっと後ろにぴったりくっついて走り続けた私に、「君ハ強イネ」と一言ほめてくれました。
 結局その教室は生徒がいなくなったので、その日で打ち切りになってしまいました。 
 老師は、本当に本場の武術を教えたかったのか、実は教えたくなかったのかは、今となってはわかりませんが、それは「昔流の教え方」に近いものだと私は思いました。
 

                                                                                                                          
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