誰にも聞けない太極拳の疑問


第一章 ゆっくり動くのはなぜ?

6 火事場の馬鹿力は緊張筋 

   

 「相性筋」は大脳の命令で動く筋肉です。それに対して「緊張筋」は無意識のうちにはたらく筋肉です。

 無意識の働きは、脊髄の中にある運動神経が自動的に行っています。

 たとえば、テーブルの上のコップを持とうと手を伸ばすとき、その手を伸ばす動作は、「意識的」です。しかし、同時に、意識に上らない筋肉の運動があります。

 つまり、姿勢をしっかり支える力です。そして、伸ばそうとする手を一定の高さに保つ筋肉のはたらきです。その筋肉のはたらきは、無意識のうちに重力の働きに抵抗し全身を支えています。

 私たちが歩く時、動きながら、同時に「支える働き」がしっかり働いています。

 速く動くときは無意識なその「支える筋肉の力」は、ゆっくり動くことによって、「意識できる」ようになるのです。

 動作をゆっくり動かす練習を一定時間行うと、「相性筋」と大脳のはたらきはスローダウンしていきます。それに対して、「緊張(抗重力)筋」と「脊髄の運動神経」のはたらきが優位になってくるのです。

 その緊張筋と、脊髄運動神経の働きこそ、反射的な運動や、火事場の馬鹿力的なパワーのもとです。家族が寝静まった深夜、「火事だー!」と叫ぶ声に、驚いて飛び起きたお父さんは、「大丈夫だ!さあ落ち着いて、みんな逃げろー」と言いながら、枕を抱えて外に飛び出していく。つまり、とっさのとき役に立たないのです。

 それに対して、お母さんは「キャー助けてー」と叫びながらも、金庫を抱えて飛び出していく。そして、安全な場所に避難して、大切な金庫を地面に下ろすや、へなへなっと、へたりこみ、失神してしまう。

・・・これが「火事場の馬鹿力」を説明するときに使われる「小話」です。

「お父さん」とは、大脳でコントロールされて意識的に働いている「相性筋」です。それに対して、「お母さん」とは、とっさのときに反射的に働く「緊張筋」です。

 お父さんは普段威張っていても、緊急時にはからっきし役に立たないという意味です。もっとも、いまのお父さんは、平常時でもいつもお母さんに頭が上がらないかもしれませんが。

 つまり太極拳は、ゆっくり練習しながら、曲芸師のように微調整できる繊細な感性や、この火事場の馬鹿力的なパワーを養っているのです。

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